だらだらいきる

「だらだらいきる」ために試行錯誤する日々。
バックオフィスのコンサルや実務支援の仕事をしています。
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1%の努力
ひろゆき
ダイヤモンド社
2020-03-05


2ch開設者よりも最近はコメンテーターと言ったほうが多くの人に伝わりやすい、ひろゆきさんの「1%の努力」を読みました。
これまで何度もレールを外れてきたという著者の「生き方・考え方」について書かれた本です。
レールを外れたことのないひとには、そんな考え方もあるのかと思ってもらえる本です。
レールを外れたことがあるひとは、まぁそうだよねと共感してもらえる本です。
時間のないひと、活字を読むのが苦手なひとは、序文と最後の「全思考まとめ」だけ読めば内容がわかるのでオススメの本です。


ひろゆきさんの本の良さは、「だらだらいきる」ことの罪悪感を、薄めてくれることなんですよね。

「努力は必ず報われる」とか「好きを仕事に」みたいなイメージワードを、冷静に「あぁそれって、事実とは違いますよね。」と言い切ってくれるので、読者は、身も蓋もないなぁと思いつつも、どこかホッとできるのです。


個人的に印象に残ったのは、「調べる労力を惜しんでいないか?」という言葉でした。

私は、ニュースを読むときにこれが顕著で、書かれていることを鵜呑みにする傾向が強かったです。
「なぜ」「どういう仕組で」と考えるの習慣がまったくつくられていませんでした。
本書を読んでからは、少しずつ調べるようにしています。
やってみて実感したのは、自分が、如何にイメージだけでものを考えていたかということです。

「事実は何か?」を調べ、合理的因果関係としてどういうことが想定されるかを考えると、世の中にはエモーショナルな論調の記事が多いことを実感できるので、試してみて損はなかったと思っています。
試してみたい人は「〇〇経済」的な雑誌の記事は、主張したいことのために事実を並べ替えるのが好きなので、実験材料としてはオススメです。

こんな感じのヒントが詰まった本だったので興味のある方、だらだらいきたい方は読んでみてください。

1%の努力 [ ひろゆき ]
1%の努力 [ ひろゆき ]

 


哲学と宗教全史
出口 治明
ダイヤモンド社
2019-08-08


哲学と宗教全史を読んでみました。
わかりやすくて読みやすいのでガシガシ読める本でした。
読み返すのも楽しそうなので、長く楽しめるお得な本だなと思っています。

さてさて、この本を読んで気づいたのは、
「物事を捉えるフィルターとして、哲学と宗教は長く使われてきたんだなぁ」
ということでした。

神という概念が生まれたのが12000年前だと考えられています。
哲学は2500年以上前に最古の哲学者が生まれたそうです。
人間は長い歴史の中で宗教と哲学を軸に生きてきたわけです。

ところが、近年、科学とテクノロジーが宗教と哲学と人間の関係に大きな変化をもたらしました。
神が創造した魂をもつはずの人間は、ただのタンパク質の塊であり、電気信号で動いていることが明らかになり、不安や愛情はホルモン物質による反応でしかなく、生物が合理的に繁殖するためのものだったという結論が下されたりしています。

このまま哲学や宗教は、科学やテクノロジーに取って代わられてしまうのでしょうか。
個人的には、人間が宗教と哲学を放棄するには随分長い時間がかかるのではないかなぁと思っています。

なぜなら、科学やテクノロジーは一般人には理解しずらいからです。
科学やテクノロジーでは、相互作用を取り扱います。相互作用は、原因から結果と結果から原因の両者が同時に起こることを許容します。

しかし、私達は因果律で考えることに慣れきっているため、原因→結果という一方通行で考えるので、この相互作用にものすごく違和感を感じるのです。

この因果律という考え方から抜け出せないと、科学やテクノロジーは「わからないもの」であり続けてしまうわけで、有用なのに世の中に浸透しずらくなる、または、浸透の際に大きな摩擦が起こることになります。

そこで、有用なテクノロジーを身近にしていくために、宗教や哲学がもつ「物語」や「意味の付与」が役立ってくると考えています。

正確だけどわからない説明よりも、「神様がお与えくださったギフト」、「腑に落ちる意味」でテクノロジーを安心して受け入れられる人が多いと思うのです。

結局、日々なにかと忙しいと言いながら生きている私達は、慣れ親しんだ考え方の「物語」や「意味」がないと物事を理解できないのです。
「わからないもの」が生活に入り込んでくる不安や恐怖を哲学や宗教をフィルターにして理解することで受け入れていかざるを得ないので、まだまだ宗教や哲学を手放すわけには、いかないのではないかと思う次第です。

哲学と宗教全史 [ 出口 治明 ]
哲学と宗教全史 [ 出口 治明 ]
 


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コロナウイルスの感染が止まらない今日このごろでございますが。。。

大手企業を中心にテレワーク、在宅ワークで対応するところがでてきております。

このような働き方に対して、ニュースなどで批判の声はあまり見られないようです。

仕事柄、複数の会社の中で作業することが多いのですが、一箇所に集まって作業をしたほうが効率的なのって、製造業、もの作りの会社くらいだと思っています。

会社側からすると従業員がサボらないか心配なのかもしれませんが、オフィスにいてもサボってる人は結構多いわけで。

さてさて、このまま在宅ワークのスタイルは定着していくのでしょうか?

個人的には定着してほしいのですが、現実的には難しいかなぁと思っています。

在宅スタイルになると、「仕事している風」ができなくなります。

この「仕事している風」の人達は、会社の要所要所に結構な数がいるので、 「仕事している風」の阻害要因には強い反対が起こるだろうと予想されます。

労災の規定はどうなるだの、就業時間の管理をどうするだの、兎に角、重箱の隅をつつくようにできない理由を並べ立てていくんだろうなぁと。

もう一つは、時間で人を管理する発想から、成果で管理する発想に切り替えたときに、経営陣と従業員が変化に対応できないだろうということです。

例えば残業代という概念はなくなると思われますが、
経営側は、残業代払わなくてラッキー程度に考えるでしょうし、
従業員側は、サービス残業では? 仕事が終わらなかったらどうすれば?と考えるでしょう。

時間発想ならば残業して残業代で精算するという考え方でいいのですが、成果発想ならば、終わるとか終わらないという考え方ではなくなります。

目的を達成することが評価の軸になるので、分量や時間云々を議論する余地はなくなるのです。

こう考えると従業員が大変になるだけのように見えますが、むしろ経営側の方が大変だと思われます。

今までは、人を集めて時間制で仕事をやらせればそれなりの成果を得ることができました。しかも、サービス残業のようにコストのかからないリソースを使うこともできました。

しかし、仕事の成果で経営をしようとすれば、どの仕事にどのくらいのコストをかけるのか、仕事の作りは効率的かを常に見直さなくてはならないのです。
こうなると、経営側も今までよりかなり大変です。

つまり、在宅ワーク導入のためには、最初にみんなが大変な思いをするってことです。

そう考えると、在宅ワークが主流になるのってかなり先だよね、と思う次第でございます。


小室直樹 日本人のための経済原論
小室 直樹
東洋経済新報社
2015-05-29


1.経済学が役に立たないといわれてる

経済学って役にたたないよね。とよく聞く。
大学の教授でも、あれはモデルの世界だから現実には利用できないという人もいた。
ずっと不思議だったのは、そんなに役に立たない経済学が、世界中で研究されていることでした。

今回、「日本人のための経済原論」を読んで、
経済学が役に立たないといわれるのに、なぜ世界中で研究されているのか?
についてよくわかりました。


2.経済学が役に立たないといわれる理由

経済学が役に立たないと言われてしまう理由の一つに、経済モデルがシンプルなので、現実の複雑さを表現できず予測が当たらない。というのがあります。

そうなんです。私もそう思っていました。
直近では、市中にお金を増やせば物価が上がる。だから2%の物価上昇を見込んだのに…全くアテが外れたりなんてことがありました。
純粋な経済行動をとる人間って何だ?とか。。。

あんなに小難しい数式を並べ立てるわりに、ハズレるのでは、役にたたないと揶揄したくもなります。


3.誤解していた

「日本人のための経済原論」では、「経済学は資本主義において成立する。資本主義でない経済では成立するとは限らない。」と書いてあります。

つまり、日本は資本主義経済ではないから、経済学のモデルがうまく機能しないということです。

いやいや、日本は資本主義でしょう。と思うかもしれませんが、本書では、
・淘汰の起こらない市場は自由市場ではない(倒産すべき企業を政府が支えてしまう、護送船団方式等)。
・ 多くの規制が市場を捻じ曲げているので自由市場が機能していない(行政指導という名の介入等)。
・ 企業が目的合理的な経営をしていない(会社は株主のものという原則が通じない)。
・ また、そのような経営を良とする常識が醸成されていない(資本主義の精神を持っていない)。
という理由で、日本は混合経済、鵺経済だと指摘しています。

本書を読むにつれて、自身の誤解に気づくことになりました。

・ 日本が資本主義だと誤解していたこと。
・ そもそも純粋な資本主義はどこの国にも存在しないこと。
・ 経済学のモデルは、それ自体で利用するのではなく、置かれた状況と純粋な資本主義との差分などを加味してアレンジすることで利用に耐えうる仮説になるということ。

現在の状況と純粋な資本主義との差分を考えるといっても、多岐にわたって研究する分野があることは容易に想像できるわけで、そりゃ、世界中で研究されるワっていう話です。


4.経済学の効用

そうは言っても経済学なんて生きる上で関係なくない?と思うかもしれません。
たしかに、経済を学んで給料が上がった、儲かったって話は聞かないんです。

ただ、多くの人が経済学の原理原則を知っていると、関税のかけあいをする政治家を排除したり、仕事が奪われると移民を排斥するような無駄な真似をしないで済むので、もう少し静かな世の中になるのが効用かなぁと思います。

個人的には、会社との関係を考えるときに役に立つと思っています。
経済学を学ぶと、会社は株主のもので、役員は株主の代理、従業員は契約によって労働力を提供しているに過ぎないことがわかります。この構造が腑に落ちると、会社が儲かっても給料は上がらないのは当然だと考えられるようになるし、反対にこちらも必要以上の労働力の提供をしないことに後ろめたさを感じなくなるのです。
つまり、生きる苦しさを低減できるのが効用かなと思います。

そんな感じで、国民としても個人としても経済を学んでも損はないんじゃないかと思う次第です。。。

小室直樹 日本人のための経済原論【電子書籍】[ 小室直樹 ]
小室直樹 日本人のための経済原論【電子書籍】[ 小室直樹 ]


未来を読む AIと格差は世界を滅ぼすか (PHP新書)
ジャレド・ダイアモンド
PHP研究所
2018-06-15


「未来を読むAIと格差は世界を滅ぼすか」という本を読みまして。。。

印象に残ったのが、ユヴァル・ノア・ハラリ氏の言葉で、

近い将来「役立たず階級」が大量発生する

というものでした。

よく、AIが多くの労働者の代替えをしても、AIの周辺に雇用が発生するので仕事がなくなることはない、という意見を聞きます。

その根拠は、かつて農業や工業の仕事が機械に置き換えられたときにサービス業などの新しい仕事が出てきたという過去の事例です。

しかし、よく考えてみると、過去の事例を根拠に、今回も同じように新しい仕事が出現すると確信をもつことなどできないのではないでしょうか。

ハラリ氏の指摘するように、「役立たず階級」が量産されても不思議ではないのです。


ほとんどの職業がAIに代替えされることを考えると、私は確実に「役立たず階級」入りだと思っています。

問題は時期かなと。

ある日突然に、「あなたは明日から約立たずです!」と宣言されて隔離されるわけではないので、変化は徐々に起こるでしょう。

なので、できる限り役立たず認定を先延ばしできるような立ち回りをしようと考えている次第です。


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