だらだらいきる

「だらだらいきる」ために全力を尽くすタイプです。。。

魔法の世紀
落合陽一
PLANETS
2015-11-27


1.ものをツクルと当然が当然でなくなる

2.悩む前に体が動くほど

デザインは表層、エンジニアリングは深層の問題を解決するという時代は、そろそろ終わりつつあります。今後は表層と深層の両方を意識的に解決することなしに、新しいプロダクトは作れないのです。それは表層と深層の設計が事実上不可分になるわけですから、まさに産業革命以前のクラフトマンの時代に、「ものづくり」の人々が戻るということでもあります。
「魔法の世紀」においてエクスペリエンスとは、一つの重要なキーワードです。エクスペリエンスドリブンの製品は、単に体験を生み出す装置という意味にとどまらず、コンピューターのサポートによる表層と深層の一致の中で、生活や社会の中にある問題を解決していくための装置にもなっていくはずです。
この職業としてのデザイナーとエンジニアが接近していく流れは、表層と深層がコンピューターで再びつながるようになった「魔法の世紀」の原理的な部分から発しているものであるがゆえに、強力な潮流であるように思います。
「デザインエンジニア」の必要性は今後も高まっていくでしょう。


著者は、人間の体験まで設計する必要があるといっているのですが、何かを作ろうとするときに体験まで設計するとなると、膨大な試行錯誤と領域外の知識と経験が必要になります。

ちょっと次元が違う話ですが、語学学習の方法やプログラミング言語の選択で延々と悩んでいるひとをよく見かけます。

当たり前ですが、やったほうが早いです。目的や効率性なんかを考えるくらいならざっと方向性を決めて手を動かしながら調整したほうがいい結果が得られます。

考えることと行動することを区分けしている時点で遅いのです。
考えながら行動し、経験を繰り返して膨大な試行錯誤をすることによって「何か」を獲得するのです。

その「何か」の積み重ねがコンピューターの補助により「ものづくり」を可能にするのだと思います。

いずれにせよ、悩む前に体が動き出すようになるまで訓練するしかないんですよね。

まぁ炎暑のせいで手しか動いてないんですけどね( ̄ー ̄)ニヤリッ







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夏時間…
秋時間…
空き時間。

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東京医科大学の女性受験者減点問題は女性差別っていうか、利権構造と日本のメンタリティの問題だと思いますよ。

「女性医師では回せないと言うなら、回す努力をしましたか?」日本女性外科医会代表が問いかける YAHOOニュース

1.弁護士業界の二の舞か、差別してごめんねか

東京医科大学で女性受験者の点数を減点してたのが問題になってるんですが。。。
感心してしまいました。
利権を守る構造が、細かいところに行き届いてるんですよね。
現場で今までと違うことが起こると、現状を改良しようとかすることになるんです。

改良の結果、巡り巡って医師を大量生産しようってなると医師の単価が下がるし、大学の大先生たちが追い落とされる新しい人材も出てきやすくなるんですよ。

女性の医師が増えると現場改革が行われ、こんな可能性もあるので、かなり早い段階で芽を摘んでおくということでしょう。

この問題は、女性差別の形で現れたけれど、本質的には医者を利権とみなすメンタリティとその利権を守ることができる構造に問題があるのだと思います。

問題の終息は、差別してごめんなさいってことで終わるでしょうが、本当は医師も大量生産されたほうが利権も薄まり無医村などが無くなり患者側にも都合がいいんですけどね。


2.現状維持は高くつく

現場云々言っていますが、じゃあ医師を増やせばいいわけで、性別は全く関係ないんです。
医師が増えて労働の単価が下がっても、それでもやりたい人はいるでしょう。
まぁ、大学に高い金を払ってくれる人は少なくなるわけですけど。

社会構造が変化してきているのに頭の固い老人たちが現状維持に固執すると、高い代償を支払わせられることになると思うんですよ。

まぁ代償を払うのは老人たちとは限らないんですけどね( ̄ー ̄)ニヤリッ





 

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サマータイム導入だと‼️

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お寺の掲示板に「お前も死ぬぞ」と格言が張られてあり話題とか。。。
焦ららなくても死は経験できるんですよねー。

「おまえも死ぬぞ」響く金言、お寺の掲示板に熱視線 YAHOOニュース


1.焦らなくても死は訪れる

「お前も死ぬぞ」と書かれると、ハッとするもんですね。
まぁ、いずれは死ぬんですけど。。。

数十年のうちには、今、生きているのと同じように死んでいることになるのです。
なので、わざわざ自分で命を絶つ必要はないとおもうし、反対に命を保つことに執着する必要もないよなーと考えたりしました。

結局、死ぬことを焦るのも避けるのもあまり意味がないってことでしょうね。


2.具体化して「死」に囚われない

普段の生活で、「死」を中心に物事を考えてしまうことがあります。
例えば、病気になってしまう、所属している組織でいじめにあうなどなど。
こんな時、わたしたちは憂鬱な気分になり「死にたい」と考えてしまいます。

しかし、この場合の「死にたい」は、死ぬことを望んでいるのではなくて、現状から逃げたいと思っているのです。
逃げられるなら、いずれ訪れる死は今ではなくていいはずです。

単純な言い方をすれば、具体的な解決策を考えて対処すればいいということになります。
ただ、具体的に考える力すら奪われているから、抽象的な「死にたい」という考えになるわけで。。。

なので、自分が「死にたい」状況のときは休憩をとって具体的に考える体力を回復させることが一歩目だよなーと思っています。

いま、負担に感じていることを義務に感じていることは、これからのあなた自身の人生と比べれば、大したことじゃないです。
だから、回復するまで休んでOKなんです。

休んだことで、知り合いや肉親が損を被っても関係ありません。それはあなたの責任じゃなくてその人たちの責任です。なので休みましょう。気力体力が具体的思考に切り替わるまで、ボーっとしているのがいいです。

具体的に考えられるようになったら思い切って逃げてしまえばいいんです。
「おまえも死ぬぞ」、そう、私たちは焦ってものんびりしててもいずれ死ぬんです。
だから死が訪れるその瞬間まで、自分自身の「生」を全うすればいいのです。

すでに暑さによって奴がおとずれそうですが( ̄ー ̄)ニヤリッ



 

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