だらだらいきる

「だらだらいきる」ために全力を尽くすタイプです。。。

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東京医科大学の女性受験者減点問題は女性差別っていうか、利権構造と日本のメンタリティの問題だと思いますよ。

「女性医師では回せないと言うなら、回す努力をしましたか?」日本女性外科医会代表が問いかける YAHOOニュース

1.弁護士業界の二の舞か、差別してごめんねか

東京医科大学で女性受験者の点数を減点してたのが問題になってるんですが。。。
感心してしまいました。
利権を守る構造が、細かいところに行き届いてるんですよね。
現場で今までと違うことが起こると、現状を改良しようとかすることになるんです。

改良の結果、巡り巡って医師を大量生産しようってなると医師の単価が下がるし、大学の大先生たちが追い落とされる新しい人材も出てきやすくなるんですよ。

女性の医師が増えると現場改革が行われ、こんな可能性もあるので、かなり早い段階で芽を摘んでおくということでしょう。

この問題は、女性差別の形で現れたけれど、本質的には医者を利権とみなすメンタリティとその利権を守ることができる構造に問題があるのだと思います。

問題の終息は、差別してごめんなさいってことで終わるでしょうが、本当は医師も大量生産されたほうが利権も薄まり無医村などが無くなり患者側にも都合がいいんですけどね。


2.現状維持は高くつく

現場云々言っていますが、じゃあ医師を増やせばいいわけで、性別は全く関係ないんです。
医師が増えて労働の単価が下がっても、それでもやりたい人はいるでしょう。
まぁ、大学に高い金を払ってくれる人は少なくなるわけですけど。

社会構造が変化してきているのに頭の固い老人たちが現状維持に固執すると、高い代償を支払わせられることになると思うんですよ。

まぁ代償を払うのは老人たちとは限らないんですけどね( ̄ー ̄)ニヤリッ





 

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サマータイム導入だと‼️

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お寺の掲示板に「お前も死ぬぞ」と格言が張られてあり話題とか。。。
焦ららなくても死は経験できるんですよねー。

「おまえも死ぬぞ」響く金言、お寺の掲示板に熱視線 YAHOOニュース


1.焦らなくても死は訪れる

「お前も死ぬぞ」と書かれると、ハッとするもんですね。
まぁ、いずれは死ぬんですけど。。。

数十年のうちには、今、生きているのと同じように死んでいることになるのです。
なので、わざわざ自分で命を絶つ必要はないとおもうし、反対に命を保つことに執着する必要もないよなーと考えたりしました。

結局、死ぬことを焦るのも避けるのもあまり意味がないってことでしょうね。


2.具体化して「死」に囚われない

普段の生活で、「死」を中心に物事を考えてしまうことがあります。
例えば、病気になってしまう、所属している組織でいじめにあうなどなど。
こんな時、わたしたちは憂鬱な気分になり「死にたい」と考えてしまいます。

しかし、この場合の「死にたい」は、死ぬことを望んでいるのではなくて、現状から逃げたいと思っているのです。
逃げられるなら、いずれ訪れる死は今ではなくていいはずです。

単純な言い方をすれば、具体的な解決策を考えて対処すればいいということになります。
ただ、具体的に考える力すら奪われているから、抽象的な「死にたい」という考えになるわけで。。。

なので、自分が「死にたい」状況のときは休憩をとって具体的に考える体力を回復させることが一歩目だよなーと思っています。

いま、負担に感じていることを義務に感じていることは、これからのあなた自身の人生と比べれば、大したことじゃないです。
だから、回復するまで休んでOKなんです。

休んだことで、知り合いや肉親が損を被っても関係ありません。それはあなたの責任じゃなくてその人たちの責任です。なので休みましょう。気力体力が具体的思考に切り替わるまで、ボーっとしているのがいいです。

具体的に考えられるようになったら思い切って逃げてしまえばいいんです。
「おまえも死ぬぞ」、そう、私たちは焦ってものんびりしててもいずれ死ぬんです。
だから死が訪れるその瞬間まで、自分自身の「生」を全うすればいいのです。

すでに暑さによって奴がおとずれそうですが( ̄ー ̄)ニヤリッ



 

魔法の世紀
落合陽一
PLANETS
2015-11-27


1.ものをツクルと当然が当然でなくなる

人々が存在を意識しないほど高度な技術は、文字通りの「魔法」になりうるのではないか、ということを示唆している、と。

恐ろしいことに、高度な技術で作られたものは、理屈抜きに当たり前になってしまう。
経過が複雑だから、結果だけを認識してしまうのだ。

普段生活する中では、「魔法」は大歓迎だ。
便利で快適だから。

しかし、人として世の中に向き合いたいと思ったときは、魔法ほど厄介なものはない。
魔法=当然という認識が染みついてしまうと、モノをツクル能力が弱くなってしまうのだ。

世の中で自身が認識している物事を当然と思ってしまうと、魔法と言われる高度な技術に気づくことができず、、他人のツクッたものを、自分が信じ込んでいる「当然」の枠の中で批判して自身が何か価値を創出した気になってしまうのだ。

実際、他人の目に触れるものをツクル場合、思い込みの「当然」で作りきることはできない。
何度も何度も、これってどうなの?という「当然」を疑うことを繰り返したうえで完成にいたるのだ。

この作業を繰り返した者が、高度な魔法に触れる機会を得ることになるのだろう。


と、ガンプラを作りながらつらつらと考えてみたわけです( ̄ー ̄)ニヤリッ


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って、誰かかが言ってた。。


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