哲学と宗教全史
出口 治明
ダイヤモンド社
2019-08-08


哲学と宗教全史を読んでみました。
わかりやすくて読みやすいのでガシガシ読める本でした。
読み返すのも楽しそうなので、長く楽しめるお得な本だなと思っています。

さてさて、この本を読んで気づいたのは、
「物事を捉えるフィルターとして、哲学と宗教は長く使われてきたんだなぁ」
ということでした。

神という概念が生まれたのが12000年前だと考えられています。
哲学は2500年以上前に最古の哲学者が生まれたそうです。
人間は長い歴史の中で宗教と哲学を軸に生きてきたわけです。

ところが、近年、科学とテクノロジーが宗教と哲学と人間の関係に大きな変化をもたらしました。
神が創造した魂をもつはずの人間は、ただのタンパク質の塊であり、電気信号で動いていることが明らかになり、不安や愛情はホルモン物質による反応でしかなく、生物が合理的に繁殖するためのものだったという結論が下されたりしています。

このまま哲学や宗教は、科学やテクノロジーに取って代わられてしまうのでしょうか。
個人的には、人間が宗教と哲学を放棄するには随分長い時間がかかるのではないかなぁと思っています。

なぜなら、科学やテクノロジーは一般人には理解しずらいからです。
科学やテクノロジーでは、相互作用を取り扱います。相互作用は、原因から結果と結果から原因の両者が同時に起こることを許容します。

しかし、私達は因果律で考えることに慣れきっているため、原因→結果という一方通行で考えるので、この相互作用にものすごく違和感を感じるのです。

この因果律という考え方から抜け出せないと、科学やテクノロジーは「わからないもの」であり続けてしまうわけで、有用なのに世の中に浸透しずらくなる、または、浸透の際に大きな摩擦が起こることになります。

そこで、有用なテクノロジーを身近にしていくために、宗教や哲学がもつ「物語」や「意味の付与」が役立ってくると考えています。

正確だけどわからない説明よりも、「神様がお与えくださったギフト」、「腑に落ちる意味」でテクノロジーを安心して受け入れられる人が多いと思うのです。

結局、日々なにかと忙しいと言いながら生きている私達は、慣れ親しんだ考え方の「物語」や「意味」がないと物事を理解できないのです。
「わからないもの」が生活に入り込んでくる不安や恐怖を哲学や宗教をフィルターにして理解することで受け入れていかざるを得ないので、まだまだ宗教や哲学を手放すわけには、いかないのではないかと思う次第です。

哲学と宗教全史 [ 出口 治明 ]
哲学と宗教全史 [ 出口 治明 ]