osouhiski_iei

お寺の掲示板に「お前も死ぬぞ」と格言が張られてあり話題とか。。。
焦ららなくても死は経験できるんですよねー。

「おまえも死ぬぞ」響く金言、お寺の掲示板に熱視線 YAHOOニュース


1.焦らなくても死は訪れる

「お前も死ぬぞ」と書かれると、ハッとするもんですね。
まぁ、いずれは死ぬんですけど。。。

数十年のうちには、今、生きているのと同じように死んでいることになるのです。
なので、わざわざ自分で命を絶つ必要はないとおもうし、反対に命を保つことに執着する必要もないよなーと考えたりしました。

結局、死ぬことを焦るのも避けるのもあまり意味がないってことでしょうね。


2.具体化して「死」に囚われない

普段の生活で、「死」を中心に物事を考えてしまうことがあります。
例えば、病気になってしまう、所属している組織でいじめにあうなどなど。
こんな時、わたしたちは憂鬱な気分になり「死にたい」と考えてしまいます。

しかし、この場合の「死にたい」は、死ぬことを望んでいるのではなくて、現状から逃げたいと思っているのです。
逃げられるなら、いずれ訪れる死は今ではなくていいはずです。

単純な言い方をすれば、具体的な解決策を考えて対処すればいいということになります。
ただ、具体的に考える力すら奪われているから、抽象的な「死にたい」という考えになるわけで。。。

なので、自分が「死にたい」状況のときは休憩をとって具体的に考える体力を回復させることが一歩目だよなーと思っています。

いま、負担に感じていることを義務に感じていることは、これからのあなた自身の人生と比べれば、大したことじゃないです。
だから、回復するまで休んでOKなんです。

休んだことで、知り合いや肉親が損を被っても関係ありません。それはあなたの責任じゃなくてその人たちの責任です。なので休みましょう。気力体力が具体的思考に切り替わるまで、ボーっとしているのがいいです。

具体的に考えられるようになったら思い切って逃げてしまえばいいんです。
「おまえも死ぬぞ」、そう、私たちは焦ってものんびりしててもいずれ死ぬんです。
だから死が訪れるその瞬間まで、自分自身の「生」を全うすればいいのです。

すでに暑さによって奴がおとずれそうですが( ̄ー ̄)ニヤリッ